秋の終わりであるその日の夕暮れは、空がとても澄んでいて


沈みゆく太陽を横切る鳥は、いつもと変わらず鳴いているハズだった




『とても嫌な感じだったの』



いつもの暖かい食卓で

そうやって話す私に向かって

おかあさまが笑って



『まぁ、なにかコワイものでもくるのかしら?』って言った後に



素敵な妖精さんのお話の続きをしてくださるはずだったの












ガタガタガタガタ





馬車が揺れて走っていく
彼女はこれほど速い馬車に乗るのは初めてだった。
母親不在の馬車の旅も初めてだった。
だからだろうか。
彼女は先程からイヤな感じがしてしょうがないのだ。
そしてその『不安』という感情の名を彼女はまだ知らなかった。
カーテンの隙間から先程までいた森を見た。
夕日の赤と全てを飲み込まんとする紺で包まれている。





『アナタはばあやと行きなさい。』

『おかあさまはこないの?』

『・・・・・・・・・おつとめが終わったら、会えますよ。』

そう言うと母親は彼女の身体をいつもより強めに抱いて、額に軽くキスをした。
家の前で馬車を見送る母の表情は、いつものとどこか違う笑顔だった。





「ねぇ、ばあや。おかあさまの“おつとめ”はいつおわるの?」


窓から視線を外して、彼女は同乗している中年の女性の方へ振り返った。
ばあやと呼ばれた使用人は彼女が生まれる前から母親に仕える古株である。
使用人は先程から祈るようにあわせた手をふるわせ、俯いていた。



「・・・ば、ばあやには・・・・・・・」





「あしたの朝食にはごいっしょできるかしら?」





声はいつもとかわらないのに
彼女の言葉と表情は
彼女が自覚しきれないでいる感情をありありと示していた。
使用人はいつも外で走り回る天真爛漫な主人の不安を取り除かなければならなかった。



「・・・・・・・お嬢様。奥様がはやくお嬢様とご一緒できるようにお祈りをしましょう。」




疑問を否定されないことに、彼女は素直に安堵した。




「まぁすてきね!!そうしましょ!!」












彼女は祈った。

嫌な予感は気のせいだと

母にまた、すぐに会えると

それらの"嫌な感じ"から逃れるために

彼女が知りうる全ての神に向かってーーーーー

今の彼女の全てで、祈った。





祈りから眠りに変わるまでの時間は長くなかった


結局、彼女の祈りを聞き届けたのは眠りの女神だけだったのである。





Next