王都ギシュガ。
大国アーガレット一の商業都市は朝から賑わっていた。
ギシュガには十文字の大きな道が特徴的な都である。
王城の門からギシュガの関所までの長い一本道には露天商が所狭しと店を出し、 その道のちょうど半分を横切る道にはしっかりとした面構えを持つ名店が立ち並んでいるのである。
それはギシュガの特色であり名物ともいえるもので、アーガレットがどれほど豊かな国かを示すものともなっていた。
時々国直属の軍馬や貴族・大商人の馬車が行き過ぎるが、一番多いのはやはり通行人だった。
他国との交易品も取り扱う店も多いため、観光客や衣装が違う商人も多々出入りしている。
そのため治安がところどころで不安定なのである。




そんな都の大通り。

「うわぁー!すっげすっげすっげぇぇぇ!!」

少年は多いにはしゃいでいた。
多くの人が行き交う大通りで、少年の声は大きく響いている。

「はーいセル君落ち着いて。」

その2歩後ろにいた青年が、見かねたようにぽんと少年の頭に手を置く。

「公衆の面前で、そーんなはしゃいじゃってると目立っちゃうよ?」

「そうか?」

そうだよ。青年はセルの幼く嬉々とした表情に思わず言葉を飲み込んだ。

「お前今年いくつだっけ?」

「15だけど。ヤだなーラウド。ボケ始まったの?何年一緒にいると思ってんのさ。」

「お前が5つの時からだけど。そー言う意味じゃなくてほら。こうお前ぐらいの年頃だったら、もっと大人っぽく振る舞おう、とか思わねぇの?」

どう考えても幼すぎるだろう。はしゃぎすぎだ。
そのうち収まるだろうと思っていたラウドが止めにはいるまでの90分間、セルははしゃぎにはしゃぎまくっていたのだ。

「目立っても大丈夫だよ。バレないって!!つーかこんだけ人いるんだから目立たないし。」

人がいるから大丈夫と思っていても、セルははしゃぐ声で十分目立っていた。
(ついでに微笑ましく見守るような視線も幾つかあった。)

「お前の声はでかすぎなの。そんでお前の今の格好ではしゃがれて注目浴びると困るだろーが。特に俺。」

彼らの今の格好は国軍の略装だ。
所属部隊によって違う紋章の入った肩当と武器とを持って見回りをする。
主に小隊長以上の実力者の志望者2人組で構成され、交代で王都の治安を守っているのだ。
コートの裾を軽く翻して歩く姿は都人には実に見慣れた光景である。

「パトロール隊が公務ほっぽって遊んでたーなんて言われてみろ。オレら王都に出れなくなるぜ。」

「!ヤダ!!」

ラウドの言葉にセルが素早く反応する。

「そうだろ?ヤだろ?だからあんま目立つなよ?遊ぶなとはいわねーから。」

久方ぶりの外を謳歌するのをメインに、2人はその場を離れてやっと見回りに出かけた。




「そういやさ。」

「ん?」

関所まで行って折り返して歩く。
途中で買った甘味を2人で頬張りながらセルは口を開いた。

「なんでギシュガは警邏隊を配置しないんだ?」

先程注意を受けてから1時間。セルは声を出す代わりに見回りながら色々と考えていたらしい。

「なんだよ。いきなり?」

「いやぁ、深い意味はないんだけど・・・。他の都市はあるのに、そう言えば、と思った。」

アルフォート国には2大都市がある。
1つは王都ギシュガ。もう1つは貿易都市ルドミルだ。
ルドミルは海岸沿いに位置し、貿易をすることでギシュガに負けず劣らず繁栄している。
しかし、ルドミルの問題はギシュガのような人同士の小競り合いでなく、密輸入・海賊など彼らの市場である海上にあった。
密輸入の対象になるモノは、近年安定した治世をしいているアルフォート国にはふさわしくない非道徳的なモノばかりで、 ルドミルに住む人々の益になるどころか恐怖を与えるモノだった。
役人も諦める者、荷担する者まで出てくる始末。
そこでルドミルの住民は、一同結束という形で、自警団を発足した。
王に国軍将校を数人要請し、自警団を確固たるモノにさせた。
自警団は後公認され、彼らの指導者の幾人かに捕縛権が与えられ た。
都人の結束は堅く、密輸入者を次々検挙し、5年で海賊をいままでの3割にまでに減らしたという。
ルドミルの一件で王はルドミルに将校を送った翌年から国全体に自警団発足のふれをだした。
王都ギシュガを除いて。

「今更だな。」

ラウドは口ではそう言ったが、内心舌を巻いた。
セルは"外"に出るようになってから、見聞を広げ、"中"では気付かなかったことにも気付くようになっている。
そして幼い頃から見ているからだろう、そのことを素直に嬉しく思う。
先程まであんなに15とは思えないほどはしゃいでいたのに。
もっとも普段からセルは頭の回転は他の兄弟より速い。
先程のはしゃぎ様は久方ぶりの城下だからだろう。
落ち着いてきたのか、様々なものに気付く思考が働いてきたようだ。

「お前はなんでだと思う?」

答えは自分はもちろん知っている。だがセルは知らない。
簡単に教えることは出来るが、ラウドはそれをしない。

「え。あー・・・・っと・・・、そうだな。」

セルは少し答えにつまって、思いつくだけ上げていった。

「まず思いついたのは人件費の削減・・・、かな?鍛錬所は城壁の中だし。あ、それと不審者の威圧。」

「まぁ妥当だな。」

ここ近年アルフォート国に戦はない。一番最近のモノで十余年前になる。
まだセルが記憶に留め置くことが出来ないような幼いときだ。
そして不審者、というよりもおそらくは要人に向けられる暗殺者の類だ。
王都で人の流通が多い。格好の隠れ蓑となる。

「あとは・・・、都の構造を知っておくこと。戦とかでギシュガが戦場になったとき、地の利は役に立つから。」

「おっ前・・・、やなこと言うなよ。この平和な時に・・・。」

「思いついてる理由を言っただけだって。」

セルの言葉にラウドはところどころ反応を返す。
それはいまいち適当だったが。

「あとは、もうない、かな?デメリットならあるけど」

「デメリット?何だ?」

「え。だってトレーニングの時間が削られるじゃん。小隊長以上の実力があったとしても、戦争では運だけが頼りなんだろ? でも全部運任せってワケじゃないからみんな身体を鍛えてるんだよな?少しでも死なないようにするために。 皆には元気でいて欲しいからそれやってた方が良いんじゃないかなー、とか。うん。思ったんだけど。」

セルの言いたいことはわかる。今は大きな戦はない。
だが、これから後起こらないとは限らない。
国軍はそれが起こったら真っ先に先頭に立って戦況を切り開いていかなければならいのだ。
それが、国軍の仕事だった。

「どうかな?」

セルはラウドをのぞき込む。
背が顔一つ分違うので少し視線を上げる。
ラウドはうーんと悩んでいる様だったが、それほど深く考えている印象を受けることはなかった。

「まぁ・・・、一般論でいうなら正解だと言って良い。でも、・・・オレらなりの理由ってのがあるんだよなー。」

くしゃっとラウドはセルの頭を撫でた。

「ま、そんなんは追々知ってけばいいし、別に知らなくて困ることもねぇし?それよりお前はもっと自分のこと考えろ。」

ラウドは答えの追求を避けるために話題を違う方に持って行こうとした。
セルはそれに異議を唱えなかった。
ラウドが今は知る必要がないと判断した上で話を変えるヤツだと言うことは分かっている。
ラウドが自分が追求する知識の管理に関して、誤った判断を下すことは少なかった。

「例えば?」

「そうだなー・・・結婚とか。」

「・・・・ラウド。」

「あれ?気分害した??」

「とっても!!」

ラウドは知識に関しては誤った判断は下さないが、今の提示した話題はまずかった。
それともワザとなのか。ラウドの態度はいまいち本気とは捉えにくかった。
セルはラウドに詰め寄る。ラウドは慌てた(様に見える)。
適当に投げたダーツが真ん中を射抜いてしまったようだ。

「まだまだまだまだ先の話だろ!!」

「ゴメンって!セル。怒るなよ。な?」

「うるさい!」

ムスッとふくれてセルはそっぽを向いた。
ラウドはその反応に苦笑しながら謝罪の言葉を口にしようとした。
その時だった。



「ケンカだ!!」



ザワッとどよめきが起こって、ラウドとセルはその声の方へ反射的に振り返った。

「こっから動くなよ。」

「わかってる。」

ラウドはセルの確認をとると、人がざわめく中を抜けて走っていった。
セルは自分の立場を知らないわけでもなかったし、こういった場面はラウドとの数回の見回りの中でも1,2度あった。
不安要素は全くない。
ラウドが負けることはまったくもって考えられないし、人目につくようなところでケンカをしているチンピラに怪我をさせられるわけもない。
それはこれまでの彼の経歴が物語っている。
ただセルは待っていれば良いだけだった。




セルは後々この日のことを少しだけ後悔した。しかし後悔先に立たず。セルは一瞬だけその時を思い出したが、すぐにやめた。


セルを動かす事件が起きる数分前。セルはラウドが帰ってきてから寄る店を、また色々と考え始めていた。





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