少年は走った。
見慣れた角を曲がり、いつもの塀を飛び越えて。
そして着地の後自慢の足で颯爽と走り去る。

これで大抵のヤツらは撒いてきた。

そう。いつもならこれでおしまい。
そして気に入りの展望台から自分を捜し回るヤツらのあたふたぶりを見るのは彼の素敵な午後の暇つぶしなのだ。

なのに。

今の自分はどうしてこんなことになっているのやら。




息切れがする。
心臓の音がいつもよりデカイ。
こんなに走るのは久しぶりだ。かなりキツイ。

「待てくそガキ!」

「っは。へっへーんだー!!」

後ろを追ってくる軍団に向かって舌をおもいっきり出す。
足の速度は決してゆるめない。

「っにゃろ!!」

むさ苦しい男の軍団は疲れてへばるどころか、挑発にのってムキになった。

(いつものルートはダメだったな。・・・・それなら)

少年は細かい路地裏を小さな身体をいかしすいすい抜けていく。
ここの路地は狭い上に、角が多くて迷いやすい。
住んでいる者でさえ自分の家へ出る道以外は滅多に行こうとしないのだ。
それを安宿に泊まるような旅の一団が知っているはずがない。
怒鳴り声はどんどん遠くなっていく。
いくつめかわからない角を曲がって少年は一度壁に背を預けて息を潜めた。
怒鳴り声は微かに聞こえる。足音は遠い。

(よし!)

懐から薄汚れた巾着を出す。
それを軽く空に放って再び手の上に着地させる。
じゃらっという音を聞いて彼はにっと笑い、慣れた道を歩み始めた。



















「おい。ちょっとすまんが、聞いても良いか?」

「ん?」

セルは反射的に振り返った。
相棒のラウドを待っている最中で、帰りはどこに寄ろうかとそちらにばかり意識がいっていた所為で気付かなかったのだ。
声の主は体格のいい男だった。
粗野な印象を持つ彼は少し焦っている。

「あぁ。何か?」

このあたりではあまり聞かない訛りで喋る男にセルは少々いぶかしんだが、それを表に出すようなことはせず、人のいい顔で微笑む。
セルの微笑みはラウド曰く 「『すげぇ美少年。あの人の笑顔にはクラッとくるもんがあるよなー!』という言葉を軍の下っ端から集めてきてやったぜ!」 だそうだ。
その後ラウドには蹴りをかましたが、有効利用できるということをその時学んだ。
その「笑顔」でこの男がセルに対する印象は良くなったらしい。

「お、おう。ここいらでこれくらいの薄汚いガキ見なかったか?」

男は手を自分の脇腹あたりに持ってきた。セルのちょうど胸から下あたりの身長だ。

「それぐらいの子供なら周りにいっぱいいるだろう。」

身長。ガキ。ここは大通りだ。該当者は少なくない。

「あ、そっか。」

男はぽん、と納得した。

「その子供が何かしたのか?」

どこか抜けている男に心の中で溜息をついて、悟られぬよう会話を続ける。

「!そうなんだ!!聞いてくれよ!!実は・・・・」

「あーーーーー!!セル!!」

男の言葉は彼の後ろから発せられた大声によってかき消えた。

「トーイか。」

セルは自分を読んだ声の方向から、こちらへ走ってくる少年の姿を捉えた。
そして自分が少年の名を呟き終える前に、いままで愚痴り体勢だった男の姿が消えた。

(!なに・・・!?)

一瞬男のいたところへ視線を向ける。
それから視線をトーイに戻すと、目の前にいた男はトーイの方へ一目散に駆けていた。

(薄汚いガキって・・・トーイか!)

その男だけでなく、彼のセルを呼ぶ声を聞きつけてだろう。他にも通行人と話していた男達が四方八方トーイを取り囲んでいく。

「・・・・・・・。」

セルは溜息をついた。良くない予感がする。
こういう時の自分の勘は大抵当たるのだ。




















(これは・・・、ピンチってヤツか?・・・・だよな。)

焦りのせいか、どうしようもない疑問を投げかけ、1人納得する。
先程撒いたハズの男達が逃げ場を与えないように自分を取り囲んでいる。
かつてないほどの急場にトーイは動転していた。

「おい。くそガキ!やっと見つけたぜ。」
「オレらの金パチりやがって・・・・!」
「どーするよ。重罪だぜこれは・・なぁ?」

一斉に同意の声が上がる。
男達はトーイの動転ぶりを見抜いている。
もっとも今の彼にはその言葉さえ聞こえていない。

(とにかく逃げないと、何とかして逃げないと!!)

それ以外考えることはもはや不可能だったのだ。

「ま、ここは一発かましとくか?」

トーイの真ん前に立つ男は拳を握りしめた。
トーイは身の危険を感じさせる男の言動に身体をビクつかせた。

(・・・逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ!!)

「オラいくぜぇ!!」

ブン、という空気を切る音がした瞬間。
トーイは無意識に、振りかぶった男の合間をすり抜けて男達の輪の中を脱した。
目指す先は決まっていた。

「っセル!!」

トーイはセルの名前を叫んでなりふり構わず逃げ出した。



















(あー・・・・、やっぱりなぁ)

ヤな予感は的中した。顔見知りの少年は面倒ごとを引き連れてこちらへ走ってくる。
セルは、トーイと知り合った時を思い出した。
彼と会ったのはセルが10の時。
トーイは今年で10才になる。

(もう5年か・・・。)

カウントダウンの音がもうすぐ聞こえてくる。
残された月日はきっと過ぎるのも早いのだろう。
セルはふ、と目を閉じた。

再び目をあけるとトーイはもう自分に飛びかかる寸前。
セルは慌てて両手を前に差し出した。
男達の一団が到着するまで、あと10秒。






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